タンザニアの「お話」その2

 

 私は戌年のせいか、犬が好きである。「お座り」や「お手」を教え込み飼い主としての優越感を得ることのできる犬、私の姿を見ると尻尾を振り、たまにはおしっこをもらすくらい喜んでくれる犬、そんな犬達を、私は好きである。なにせ私は、生後数日の目の開いていない捨て犬を育てた経験もある筋金入りの犬好きである。しかし、そんな私はあまり猫が得意ではない。機嫌のいいときに膝の上にのり、機嫌が悪くなると抜け毛を残してどこかへ行ってしまう猫。出ていけば、いつ戻ってくるかわからない猫。そんな猫とつきあうのは疲れてしまう私である。つまり私はいわゆる「犬派」であり、「猫派」ではないことになる。

 猫と犬が二大ペットであることは誰もが認めるところであろうが、この二匹とヒトとの関わり方は歴史的にもかなり違っている。猫は飼い主の膝に載り、居眠りをしながら、ヒトにその毛並みの良さや優雅さを見せ楽しませてくれた。それに対して犬は家畜を守るために飼われ、ヒトのために働いてきた。時には猟の手伝いをし、そりを引き、牛とまで戦わされた。チャウチャウみたいな食用犬もいるのである。私の見た所、猫派の人は猫の自由気ままなところを、犬派の人は犬の従順さを、愛しているように思える。

 ところでタンザニアでは、猫は美しい動物としての地位を持っている。一方、犬はこわい動物として恐れられ、不潔だとされている。タンザニア人は少し大きな犬のことを「シンバ」というのである。ちなみにシンバとはライオンのことである。どうやら、タンザニア人は犬の顔からライオンを想像するくらい犬をこわがっているようである。泥棒が多いこの国では、少し大きな家では番犬を飼っているところが多いのである。門に「大きな犬がいる」というプレートを掛けているのもよく見かけた。子供達は野良犬を見ると逃げるか、石を投げつける。タンザニア人と犬の間には決して友情関係など成立しないのである。では、どうして猫は美しく、犬はこわいというイメージがタンザニアに定着してしまったのだろうか。そのヒントになる話をタンザニアの生徒から聞いたので紹介することにする。

 

猫と犬

 猫は気品があり美しい顔をしていると言われています。また逆に、犬の顔は恐くてかわいくないと言われています。しかし昔、猫は今ほど美しい顔をしていなかったし、犬は今とは違って美しい顔をしていたと言われています。では、なぜ猫の顔がかわいくなり、犬の顔がぶさいくになってしまったのでしょうか‥‥

ある日、象さんの家で大きなパーティーが開かれることになりました。象さんは友達の動物達を全員招待しました。招待された皆は、どんな恰好をしていこうかと大いに盛り上がりました。その中には猫も犬もいました。
パーティーの日になりました。猫は犬に一つのお願いをしました。
「パーティーに行く前に、あたしをきれいに化粧してくれへん。」
そこで犬は
「まかしとき。その代わり、あんたもうちをきれいにしてや。」
と答えました。すると猫も
「まかしといて」
と言いました。そこで、犬は猫の顔に化粧をしました。猫の顔はとても美しく、魅力的になりました。猫は大満足です。次は、猫が犬の顔をきれいにする番です。ところが、猫は美しくするのではなく、できるだけぶさいくに化粧してしまったのです。犬の口には牙が描かれていました。しかし、犬はそんなこととは知らず、美しくなったとうれしそうでした。

 さてパーティーの時間になりました。次々に象さんの友達はきれいに化粧してやって来ました。いよいよ猫の登場です。猫の美しさは会場一番でした。みんな猫の美しさに目を奪われました。猫の顔を見るものは皆とても幸せな気分になりました。そしてしばらくして、犬が会場に現れました。犬も猫のようにみんなから喝采を受けるものと期待しました。ところが、犬のぶさいくな顔を見た客人達は大笑い。会場は笑いの嵐となりました。そこで、犬は猫の裏切りを知りました。犬はワンワンと吠えながら、怒りました。そして、猫を追いかけ回しました。これ以来、犬は猫が嫌いになり、今でも猫を見ると追いかけ回しているそうです。

"A cat and a dog"
Wilgen M.Teghaという生徒より


 多くのタンザニアの話のように教訓めいたものなどありませんが、猫と犬という動物の特徴を上手く捉えた話だと思います。おまけに、どうして犬が猫を追いかけるのかという「落ち」まで付いています。

 

▲日本のボランティア団体が小学校に文房具など寄付をする式典に参加したときの写真。さて私はどこにいるでしょう